「するってぇと…なにかい?」
ショーンはまるで江戸っ子のように、切出した。
「お前はゼルに抱えられた俺に嫉妬して、後を着いてきて…その……」
こほん、と、ひとつ咳払いをする。
自分の身に起こった事を口出すだけで、何故にこんなにも勇気が必要なのだろう。
だが、それは当たり前だろう。同性に与えられる行為としては、出来るだけ受け取りたくない部類に間違いなく入るだろう。
また、コホンとひとつ。
「お前に嫉妬してえっちな事をした」
けろりとかました青年……思った以上に若かったが……イグルはそうのたもうた。
はぁ、と、深い溜め息を吐き怒りでひくつくこめかみに手を当て、ショーンはうなだれる。
ここは酒場。
あれからおかしい方向に話が行きそうになってきて、取り敢えずは場所を変えようとゆうショーンの提案で、ここに移動してきた。
そして改めて自己紹介をし、その青年がゼルの弟で、まだ16歳と聞いてショーンはショックを隠せなかった。
―――自分より年下で、背が自分より高い!
そして性に対しても自分より目覚めているらしい様子。
これは当たり前にショックであろう。
自分が性に対して奥手だし、興味が薄いのは知っていたが、それを実力行使で知らされると、衝撃は更に増す。
オマケのように、はぁ、ともひとつ溜め息を吐く。
「そんなに溜め息ばかり吐いていると幸せが逃げて行くぞ」
そう吐いたゼルだが、その本人が、今一番ショーンの幸せを奪っているのだとゆう事には全く気が付いていない。
否、気が付いたところでこいつの事だから、さらりと流してしまうだろう。
「…そだね……」
ショーンは適当な反論が思い付かず、色々と面倒なので相槌を打った。
「で、ゼルは何で戻ってきたんだよ?」
まだ不機嫌極まりないのを隠そうともせずに青年…イグルは問いかける。
自分を見る目にはかなりの怒りが伺えるのが、いたたまれない。
その自分を責める視線から逃れるように、ショーンは黙って目の前に置いてあるエール酒を不味そうにすすった。
「仕事探しに来た訳じゃないだろ?かといって、親父に会いにきたんじゃないだろうし…」
それとも、と含みを残して更に視線だけでショーンを責める。
ここまで何故自分はいたぶられなければならないのだろう、自分は彼に何をしたのだろう?
責められるのは、自分にあんな辱めをした彼であって、自分じゃないだろ!
ここまで来て、やっと今自分の置かれてる立場の理不尽さに考える事が出来た。
余裕が出来たのではない、自分が責められてる要因を考えてみたが、どう思い出しても、自分に非は認められないからだ。
最初にゼルに声をかけたのは自分だが、それは不幸の始まりであって非ではない。
よって、自分に落ち度はないはずだ。
ショーンがそんなちっちゃな葛藤を続けてる中でも、このゼルとイグルとゆう兄弟の会話は続いていた。
「イグルがそんなにこいつにこだわるのが解らん」
小首をかしげる姿も、人によってここまでイメージが変わるのか、とゆう程にこの男がやる仕草としてはこれ以上不快なものはないろう。
斜めに構えたその視線は彼独特の鋭さを備え、威圧にしか感じない。
だが、それが慣れた風のイグルは反論に口を開きかけたが、ゼルの目的の変わった目線で、出かけた言葉を飲みこむ。
「俺がこいつに惚れてようと、お前にも親父にも関係ないだろ」
前触れもなく、ショーンの肩を抱き寄せ放ったそれは、よく響く低音なのも合間ってそう狭くないはずの店内に響き渡り、そこにいる全ての人々の動きを封じた。
しん、と、水を打ったような静けさの中で唯一、イグルのギリッとゆう歯ぎしりだけがする。
その静けさを終結させたのは、誰かの拍手の音だった。
最初はまばらなそれが、いつの間にかあちこちから上がり初め、いつしか破れんばかりの大喝采になるのに、そう時間はかからなかった。
「ゼル!おめでとう!!」
「凄いな!プロポーズかぁ!」
「よかったね!ゼル!!」
「今日はお祝いだ!!」
等々の賛辞の言葉……
いちように祝福の言葉を述べる客達は、それをネタに酒を旨く呑み、酌み交し騒いでいる。
その中でイグルは苦々しい面で、当事者である筈のショーンは事の展開について行けないでいた。
―――やっぱりゼルは有名なんだ…
と、全然別の方向に無理に頭を回そうとしていた。
今の流れを考えてしまうと、このゼルと自分は公認の中になってしまう。
―――公認……?
「!!」
そう、考えが及ぶに至って、睨み付けるようにゼルを見る。
そうだ、否定しなければ、この場だけではなく、この街全体に広まってしまわないとは限らない。
そんなの嫌だ!
この自分にとって疫病神と違わない男と!!
「お前!なに言ってんだ!」
今の状況から逃げ出したい一心で、ショーンは心の底から叫んだ。
ところが、ショーンがいくら声を張り上げたところで、今や後の祭り。
まるで店にいる者全てが結婚式の披露宴に参加してるかの如く、新郎?のゼルの肩を叩き、共に歓び、今後の幸せを分かち合っている。
そう、ショーンのようなか弱き存在には、既に及びもつかない処まで事は進んでいた。
既に諦めの境地に立ったショーンは、自分とゼルの事で酒を酌み交してる店内に背を向け、隅の方でひとりちびちびとエール酒を傾ける。
どうせ何を言ったって、あの、ゼルの低音セクシャルボイス程の影響力はないんだ、と、ぼそぼその呟きを肴にしている。
イグルは相変わらずの苦虫を噛み潰したような不機嫌な顔。
ゼルは王様のように横暴に振る舞っている。
酒呑みとゆうものは、本来何があってもつまみにする。
加え、何かにつけて酌をぶつけ合う。
理由はいいのだ。
あくまで酒を呑む口実でしかないのだから。
そこへ飛込んできた『おらが街のヒーロー』の浮いた話。
「これを祝わず(あくまでも口実)にいられるか!」
そう、このゼルとゆう男は自分の影響力を分かった上でしているのだ。
だから余計たちが悪い。
そう狭くない店内に、昼間っからひしめき、時折酌を合わす独特の金属音が鳴る中、ショーンは果てしない孤独を感じ、悪魔の暴君に声をかけた事を恥じ、いつの間にかほろほろと泣きながら壁と話をしている。
「俺だって……声をかけるなら…可愛い女の子が…だけどさ〜…わかる?この辛さ」
嗚咽に近いそれは、彼の酔っ払い度を示していた。
突如、ゼルが立ち上がり、
「忘れてた」
とそう大きくないセクシャルな声を吐き出すと、壁と仲良くしていたショーンに近寄りなにも言わずに抱き上げた。
この街に来た時と同じお姫様。
だが、ショーンは嫌がる訳ではなくされるがままだ。
「アンジュ、ヤツに付けてくれ」
そう、看板娘らしい女性に声をかけ、ゼルは嵐のように店内を後にした。
「毎度、また来てねゼィフィー」
看板娘はもういないゼルを、聞き慣れない名で呼び手を振る。
そして店内に残されたイグルはますます渋い面になり、追い掛けるでもなくまだ呑み続けている。
店内では主役抜きの祝賀会が続いて、更なる盛り上がりをみせている。
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In einem Grad zu einem Aufseher
旅のお伴にV